#39【野球の技術論】フォーム修正には「5000回」が必要?科学的に正しい動作習得と「コツ」の掴み方

投球フォーム

こんにちは。東京都世田谷区でパーソナルジムを運営している、パーソナルトレーナーのMOTO(モト)です。

私は普段から野球の動作指導に関して、「技術は簡単には教えられないし、簡単には変わらない」という大前提を持って発信しています。

指導現場でよくあるのが、こんな悩みです。

「教わった時はできるのに、試合になると元に戻ってしまう」

「YouTubeを見て理解したつもりなのに、体が動かない」

なぜ、頭では分かっているのに体は変わらないのでしょうか?

今日は私の過去の発信内容をベースに、最新の運動学習の知見を交えて「技術習得の残酷な現実」と「それを乗り越えるためのヒント」についてお話しします。

1. 衝撃の事実:癖を直すには「10倍」の反復が必要?

まず、皆さんに知っておいてほしい現実があります。
スポーツコーチングの世界や運動学習の現場では、よくこのような数字が「目安」として語られます。

  • 新しい動きをゼロから習得する回数:数百回
  • 染み付いた癖を修正して上書きする回数:数千回〜数万回

「300回で覚えて、直すには3000回以上かかる」とも言われるように、「悪い癖を直す」作業は、新しく覚えるときの10倍以上の労力がかかるとされています。

これは単なる脅しではありません。脳の仕組みとして、一度作られた神経回路(癖)は完全には消えないからです。修正とは、古い動きの回路よりも「さらに太くて通りやすい回路」を新しく作り直す作業です。

生半可な反復数では、試合でプレッシャーがかかった瞬間に、脳は「使い慣れた古い回路(悪い癖)」を無意識に選んでしまいます。
だからこそ、「ちょっと意識しただけでフォームが変わる」なんてことはほぼあり得ないのです。

2. 「ここをこう動かして」という指導が失敗する理由

フォームを変えるのは難しい。では、その数千回の反復をどう行うべきか。
ここで多くの選手が陥る罠が「身体の内部(筋肉や関節)を意識しすぎること」です。

  • 「もっと肘を高く上げて」
  • 股関節を内側に絞って」
  • 内転筋を意識して」

このように身体の内部に意識を向けることを「内的意識(Internal Focus)」と呼びます。
ボディビルやリハビリのように、特定の筋肉を鍛えることが目的の場合は有効ですが、野球のような「複雑で素早い動作」において、内的意識はパフォーマンスを低下させるリスクがあります。

自転車に乗る時のことを想像してください

ペダルを漕ぐ時に「右足の大腿四頭筋を収縮させてペダルを30度押し込み、同時に脊柱起立筋でバランスを取り…」なんて考えませんよね?

“自転車を漕ぐのはこんな感じ”という「コツ」を幼少期に掴んでいるから、ほとんどの人が無意識で乗れるはずです。

野球も同じです。マウンド上やバッターボックスで「関節の角度」を考えているうちは、スムーズで力強い動作は生まれません。

この「コツ」の重要性については、あの名監督、野村克也氏も著書『野村ノート』の中でこう記しています。

技術的能力の発揮には次の3点、「コツ」、「ツボ」、「注意点」が重要となる。 (野村ノート:P4より)

野村氏が挙げる3点のうち、特に重要なのが「コツ(投げる、打つ、走る時の感覚を覚える)」です。 理論や形だけを追い求めても、この「コツ(感覚)」が欠落していれば、それは使える技術にはなりません。関節の角度を考えるあまり、一番大切な「コツ」を見失っては本末転倒なのです。

3. 科学が証明した「外部意識(External Focus)」の優位性

では、どうすればいいのか?
ここで登場するのが「外的意識(External Focus)」です。

身体の内部ではなく、身体の外側の環境や、動作の結果、イメージに意識を向けます。

  • × 肘を上げる(内的) → 〇 天井をタッチするつもりで(外的)
  • × 股関節を絞る(内的) → 〇 プレートを強く押す(外的)
  • × 腕を振る(内的) → 〇 メンコを地面に叩きつけるように(外的)

90%以上の研究が効果を支持

運動学習に関する50件以上の論文を調査したレビュー(Wulf G, 2013)によると、90%以上の研究において、内的意識よりも外的意識の方が運動学習効果が高かったと報告されています。

脳は「筋肉をどう動かすか」という細かい命令よりも、「どういう結果を出したいか」という抽象的な命令(外的意識)の方が、自動的に最適な身体の使い方を導き出してくれるのです。

野球やスポーツにおける実証データ

実際に行われた興味深い実験を2つご紹介します。

❶筋肉の「無駄な力み」が消える

バスケットボールのフリースローの実験(Zachry et al., 2005)では、リングを見るという「外的意識」を持った時の方がシュート成功率が高く、さらに筋電図(EMG)で測定すると筋肉の無駄な活動が減っていたことがわかりました。
「脱力しろ」と言われて脱力できる人はいませんが、意識を外に向けるだけで、脳は勝手に脱力して効率的な動きを作ってくれるのです。

❷野球のバッティングにおける実験

熟練した選手に対し、「手の動き(内的)」と「打球の弾道(外的)」のどちらかに集中させて打たせたところ、「打球の弾道」を意識したグループの方が明らかに打撃成績が向上しました(Castaneda & Gray, 2007)。
プロであっても、フォームを気にしすぎるとパフォーマンスは落ちるのです。

4. プロ選手が言う「コツ」の正体

ここで、一流プロ野球選手のインタビューを思い出してください。彼らは技術を語る時、非常に独特な言葉(オノマトペ)を使うことが多いです。

  • 中村剛也選手:「ボールの外側をガンッと擦る感じ」
  • 柳田悠岐選手:「ボールの内側をしばきあげる

これらは全て「外的意識」です。
彼らはフォームの角度や筋肉の動きではなく、独自の「感覚的なコツ」として動作を掴んでいます。

名コーチである佐藤義則さん(元楽天など)や、落合博満さん、野村克也さんが「フォームを無理やり型にハメない」「俺は教えられない」と言うのも、「結局は選手自身が、自分なりのコツ(感覚)を掴まない限り身につかないから」という真理を知っているからでしょう。

私たち指導者ができるのは、答えを教えることではなく、「こういうイメージでやってみたら?」というヒント(選択肢)を与えることだけなのです。

5. 最短で上手くなるための「地味な」ロードマップ

では、数千回の壁を超えて、新しいフォームを定着させるために何をすべきか。
私が推奨するのは、「外的意識を持ったシャドーとネットスロー」です。

よく「これさえやれば身につく魔法のようなドリルはありませんか?」と遠回しに選手達には聞かれますが、そんなものはありません。
たとえば変則的なドリル(例:由伸体操など)も、目的意識がなく見よう見まねでやっても何の意味もありません。

確実に上手くなるための手順

  1. ヒントを探す
    動画や指導から、理想の動きに繋がる「自分なりのイメージ(外的意識)」を見つける。
  2. ボールを持たずに反復(シャドー)
    ボールを持つと「速く投げたい」欲求が出るので、まずはシャドーでイメージ通りに体が動く感覚だけを繰り返す。
  3. 相手を気にせず投げる(ネットスロー)
    ネットに向かって、結果を気にせず「コツ」を掴むことに没頭する。

多くの選手が失敗するのは、このプロセスを飛ばして、いきなりブルペンや試合で試そうとするからです。
「無意識でもその動きができる(自転車に乗れる状態)」になるまでは、実戦で使えるはずがないのです。

6. まとめ:魔法のドリルはない、あるのは正しい反復だけ

今回のまとめです。

  1. 覚悟を持つ: 癖を直すには数千回の反復が必要。数日で変わると思わないこと。
  2. 意識を変える: 「筋肉・関節(内的)」ではなく、「結果・イメージ(外的)」に意識を向ける。
  3. 地味な練習を積む: シャドーやネットスローで、自分なりの「コツ」を掴むまで繰り返す。

理論や知識を学ぶことは大切です。しかし、頭でっかちになるだけでは野球は上手くなりません。
「理解すること」と「実践できること」は別物です。

数千回の反復練習を通じて、理論をあなた自身の「感覚」に落とし込んでください。
私もまだまだ勉強中の身です。皆さんに負けないよう、学び続けていきます。


参考文献
* Wulf G. Attentional focus and motor learning. Int Rev Exerc Psychol (2013)
* Zachry T, Wulf G, Mercer J, Bezodis N. Increased movement accuracy and reduced EMG activity as the result of adopting an external focus of attention. Brain Res Bull (2005)
* Castaneda B, Gray R. Effects of focus of attention on baseball batting performance. J Sports Sci (2007)
* 野村克也『野村ノート』(小学館)


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⚾ MOTOについて(筆者プロフィール)
世田谷区でパーソナルジムSTRENGTH & STRETCH を経営しています。

トレーナー歴11年。ゴールドジム、Dr.ストレッチでの経験を活かし、
現在は自身もMAX145km/hの投手としてプレーしながら、
プロアスリートからジュニアまで幅広くサポートしています。
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