こんにちは。東京都世田谷区でパーソナルジムを運営している、パーソナルトレーナーのMOTO(モト)です。
投手なら誰もが憧れる「球速アップ」。
ウエイトトレーニングでエンジン(筋力)を大きくすることは大前提ですが、それだけでは球速は上がりません。エンジンがフェラーリでも、タイヤが軽自動車のものであればスピードが出ないのと同じです。
「筋力はあるのに球が遅い」
「下半身を使えと言われるけど、具体的な使い方がわからない」
そんな悩みを持つ選手に向けて、今日は「球速が決まる物理的な仕組み」と「下半身のエネルギー変換システム」について、バイオメカニクスの視点から深掘りして解説します。
特に後半で解説する「着地直前の股関節スイッチ」と「地面反力のベクトル」の話は、140km/h、150km/hの壁を超えるための”マスターキー”になります。
少し専門的な話になりますが、読み飛ばさずに理解してほしい内容です。
1. 球速の方程式:なぜ「体が強い」だけでは投げられないのか?
そもそも、球速は何で決まるのでしょうか?
結論から言うと、以下の掛け算で決まります。
球速 = フィジカル(体の強さ) × メカニクス(投球フォーム)
これを物理学の用語で説明すると、ボールにどれだけ【力積(Impulse)】を与えられたかが重要になります。
力積とは「力(Force)× 時間(Time)」です。
つまり、球速を上げるには以下の2つが必要です。
1. 大きな力を出す(筋力UP)
2. ボールに力を加える時間を長くする(加速距離の確保)
これを投球動作に置き換えると、「重たい物体(胴体)を、長い距離、速く動かすこと」が球速の源泉となります。
この「長い距離」と「速さ」を両立させるのが、正しいメカニクス(投球フォーム)の役割です。
2. フェーズ1:並進運動(横移動)における「力積」の最大化
投球フォームの前半は「並進運動(横移動)」です。
人間の体において、手足を除いた「胴体」だけで体重の約7割を占めます。この巨大な質量をキャッチャー方向へ運ぶことで、強力な運動エネルギーが生まれます。
プロとアマチュアの決定的な違い
プロ選手とアマチュア選手で最も差が出るのが、この並進運動の「姿勢」です。
• プロ選手: ずっと横向き(骨盤が閉じた状態)のまま進む。
• アマチュア選手: 早い段階で骨盤が開き、正対してしまう。
なぜ「横向きのキープ」が絶対条件なのか?
それは、「力積(力×時間)」の「時間(距離)」を稼ぐためです。
横向きを維持してギリギリまで我慢することで、踏み込み足が着地した後の「投球腕の加速距離」を長く確保できます。早く開くと加速距離が短くなり、結果として「手投げ」や「押し出し」のようなフォームになってしまいます。
3. 骨格別スタイル:「軸足タイプ」と「踏込脚タイプ」
「並進運動でエネルギーを作る」という目的は全員同じですが、その「作り方」には個体差があります。

① 軸足重心型(大谷・ダルビッシュ型)
軸足の股関節・膝関節・足関節を一気に伸展させる「トリプルエクステンション」を使って、地面を強く蹴り出すタイプです。
• 特徴: ヒップファーストでお尻から先行し、軸足の膝が外側に残る(割れる)。
• メリット: 下半身の筋力が強い選手が、爆発的な推進力を得やすい。
② 速度重視型(千賀・マエケン型)
軸足で蹴るというより、重心を一気に前に倒し、踏込脚で身体を引っ張るように加速するタイプです。
• 特徴: 「くの字ステップ」と呼ばれる内旋位での足運び。上体が立ち気味で進む。
• メリット: 細身で筋力が少ない選手でも、重力を使ってスピードを出しやすい。
【注意点】
速度重視型(くの字ステップ)を行うには、股関節の深い内旋可動域(女の子座りができるレベル)が必須です。骨格的に内旋が苦手な選手が真似をすると、股関節を痛めるリスクがあるため注意が必要です。
4. フェーズ2:爆発のトリガー「股関節のスイッチ動作」
ここからが、今日一番重要な「150km/hの壁」の話です。
並進運動中は「軸足=外旋(膝を残す)/踏込脚=内旋(絞る)」が基本ですが、着地の直前、空中で一瞬だけ足の役割が逆転(スイッチ)します。
推進力を最大化する「軸足の内旋」
着地寸前、外旋で粘っていた軸足を一気に「内旋」させた後も地面を捉え続けます。
解剖学的には、お尻の筋肉(大殿筋など)を収縮させ、股関節を伸展・内旋させる動きです。これにより骨盤が強力に押し出され、最後のひと押しの推進力が生まれます。

受け皿を作る「踏込脚の外旋」
同時に、内旋して絞っていた踏込脚を「外旋」させて開きに行きます。
これは、次に説明する「強力なブレーキ」を受け止めるための準備動作です。
この「軸足の押し込み(内旋)」と「踏込脚の開放(外旋)」が一瞬で入れ替わる間も地面を捉え続けることで、身体は爆発的に前へ投げ出されます。
5. フェーズ3:回転を生む「ネガティブシンアングル」と地面反力
並進運動で生まれた巨大なエネルギーを、ボールに伝える「回転エネルギー」に変換するのが、踏込脚の着地(フットプラント)です。
ここで鍵になるのが「ネガティブシンアングル」です。
なぜ「すね」の角度が重要なのか?
着地した踏込脚の「すね(Shin)」が、地面に対して手前側に傾いている状態(足首より膝が後ろにある状態)を指します。
バイオメカニクス(力学)的に見ると、「地面反力(GRF)」のベクトルが変わります。
• すねが垂直・前傾の場合
地面反力は「真上」に返ってきます。これだと膝が前に抜けてしまい、せっかくの推進力が逃げてしまいます。
• ネガティブシンアングル(後傾)の場合
地面反力は「斜め後ろ(捕手方向)」に返ってきます。
この「後ろ向きの力」が、前進してきた骨盤を急激にストップさせます。

急ブレーキ=高速回転
自転車で全速力で走っていて、急に前輪に棒を突っ込んだらどうなるでしょうか?
後輪が浮き上がり、自転車ごと前転して吹っ飛びますよね。
投球も同じです。
1. 並進運動で加速する。
2. ネガティブシンアングルで、骨盤に対し「後ろ向きのブレーキ」をかける。
3. 下半身が止まることで、慣性の法則により上半身が猛烈なスピードで前へ振られる。
これが、トップ選手が涼しい顔で凄い球を投げる「自動回転」の正体です。
自分で回しているのではなく、「止まるから、回される」のです。

6. 「捻転差(割れ)」は作らない、勝手に「作られる」もの
よく指導現場で言われる「捻転差(割れ)を作れ」という言葉。
ここまで読んだ皆さんなら、この言葉の本当の意味がわかるはずです。
捻転差とは、「下半身は着地して止まった(ブレーキ)のに、上半身は慣性で遅れて出てくる」という時間差の結果に過ぎません。
形だけ真似をして、無理やり腰を捻ったり、腕を背中側に引いたりするのはNGです。それは「捻転差」ではなく、ただの「体幹のねじれ」であり、出力には繋がりません。
正しい手順は以下の通りです。
1. 並進運動で強く進む。
2. 踏込脚で強く止まる。
3. その衝撃で上半身が勝手にしなられる。
意識すべきは「割れを作る」ことではなく、「正しく進んで、正しく止まる」ことです。
7. まとめ:理論を「感覚」に落とし込むために
今回の話をまとめます。
1. 並進運動: 重たい胴体を横向きのまま長く加速させる(力積の最大化)。
2. スイッチ動作: 着地直前に「軸足内旋(押し込み)」「踏込脚外旋(準備)」を一瞬で行う。
3. ブレーキ: ネガティブシンアングルで着地し、地面反力を後ろに受けて急ブレーキがかかる。
4. 回転: 急ブレーキの衝撃で上半身が勝手に走る(慣性の法則)。
理屈はわかりましたが、これを頭で考えながら投げるのは不可能です。実際の投球は0.数秒で終わるからです。
この「力の流れ」を無意識レベルに落とし込むには、メディシンボールを使ったスローイングドリルが最適です。
軽いボールでは誤魔化せてしまう動きも、重いメディシンボールだと「全身の連動(並進→ブレーキ→回転)」を使わないと遠くへ飛びません。
強制的に正しいフォームを体にインストールするために、ぜひ取り入れてみてください。
次回は、この土台の上に乗る「上半身のメカニクス」について解説します。
では、また。
⚾ MOTOについて(筆者プロフィール)
世田谷区でパーソナルジム STRENGTH & STRETCH を経営しています。
トレーナー歴は11年。ゴールドジムやDr.ストレッチで修行を積み、
現在はボディケアとパフォーマンス向上の両面から、お客様をサポートしています。
発信活動歴は6年で、SNS総フォロワーは5万人を超え、YouTube、X(旧Twitter)、Instagram、ブログなどで主に野球やトレーニングに関する情報を発信中です。
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