#42「練習だけで十分」の落とし穴——才能を使い切るための「投資」としてのトレーニング論

アスリートのトレーニングの必要性と身体機能を解説するパーソナルトレーナーMOTO トレーニング

こんにちは。世田谷区でパーソナルジムを運営している、トレーナーのMOTO(モト)です。

スポーツの現場で昔から繰り返されている「終わらない問答」があります。
それが、「結局、筋トレって競技の役に立つんですか?」という問いです。

最近ではMLBの山本由伸選手が「一般的なウエイトトレーニングをしない」スタイルで結果を出していることから、「重いものを持たなくてもいいんだ」という議論が再燃したりもしました。

「練習さえしていれば、必要な筋肉はつく」 「重いものを挙げるより、技術を磨くほうが本質だ」

こうした意見は、ある側面では非常に合理的です。しかし、S&C(ストレングス&コンディショニング)の視点から見ると、そこには大きな「見落とし」があると言わざるを得ません。

今回は感情論ではなく、「身体の機能」「パフォーマンス転移」「投資のリターン」という観点から、なぜアスリートにトレーニングが必要なのかを論理的に整理してみたいと思います。

 【▶︎この記事でわかること】

  • 山本由伸選手の例から考える「ウエイト不要論」の真実
  • 「練習は調理、トレは素材」——役割を分けて成長効率を最大化させるコツ
  • 重いものを挙げる前に絶対クリアすべき「4つの必須機能(IAP・股関節・足指など)」
  • トレーニングの成果を「なんとなく」で終わらせないためのKPI思考法

1. 練習は「出力」であり、トレーニングは「入力」である

まず明確にすべきは、「練習」と「トレーニング」は全くの別物だということです。

  • 練習(技術習得): 今持っている身体能力をどう使いこなすか、その「出力」の最適化。
  • トレーニング(体力向上): 筋力、柔軟性、持久力といった、身体そのものの「入力」の底上げ。

多くの選手が陥るのは、「練習をガシガシやれば、体力も勝手につく」という思い込みです。 確かに練習でも体力はつきますが、それはあくまで副産物。筋肥大や筋力向上を狙うなら、グラウンドでの練習よりも、ジムで漸進的過負荷(少しずつ負荷を増やすこと)をかけるほうが、はるかに 安全で、効率的で、かつ限界値が高いのです。

たとえ話をするなら、競技は「料理」です。 どれだけ調理技術(練習)を磨いても、素材となるジャガイモや肉(体力)が貧弱であれば、作れる料理のレベルには上限が生まれます。

ここで重要なのは、「材料を作る(トレーニング)」ことと「カレーを作る(練習)」を混同しないことです。畑でカレーを作ろうとするよりも、キッチンと畑を分けるほうが、結果として最高の「一皿」に早くたどり着けるのです。


2. 「購入」と「投資」:収穫逓減の壁をどう乗り越えるか

トレーニングの効果を語る時、私は「購入」と「投資」の違いとして説明しています。

始めたばかりの頃は、「筋肉がついた」「体重が増えた」という変化(購入)に喜びを感じます。しかし、ある程度レベルが上がると、その数字が直接パフォーマンスに繋がらない時期が必ず来ます。

これを経済学の用語だと「収穫逓減(しゅうかくていげん)の法則」と言ったりします。 例えば、大学野球で筋トレに没頭し、150km/hを投げてプロ入りした投手。プロでも同じように筋トレだけに時間を割いても、球速が伸び続けたり、プロの打者に通用したりするとは限りません。

ここで「意味がない」とやめてしまうか、「投資」として継続できるかが分かれ道です。

スクワット200kgを1回挙げられたからといって、その瞬間に球速が10km/h上がるわけではありません。しかし、「200kgを扱える身体を1年以上キープしている」という状態は、競技において圧倒的なリターンをもたらします。

  • 選択肢の拡大: 野手のスクワットが150kgあれば、変化球で泳がされた場面でも、下半身で耐えてヒットにするという選択ができるようになります。
  • 「0.1秒」の余裕: 接地の瞬間に0.1秒耐えられる身体があれば、その0.1秒で周りの状況を判断し、次のプレーを最適化できます。

これは短期的な「買い物」ではなく、長期的な「積立投資」が生む複利効果です。数字としての筋力が、技術習得のための「時間」と「心理的余裕」を作り出してくれるのです。


3. 「動ける身体」の絶対条件:機能が死んでいれば、筋力はゴミになる

ただし、闇雲に重いものを挙げればいいわけではありません。現場で「ウエイトをやってもパフォーマンスが上がらない」と嘆く選手の多くは、身体の基本的な機能が欠落したまま、その上に筋力を積み上げようとしています。

トレーニングにおいて、最低限担保すべき機能は以下の4点です。

① 腹圧(IAP:腹腔内圧)のコントロール

腹圧とは、お腹の中の圧力のことです。よくある誤解が「腹筋を固めてお腹を凹ませる」ことですが、正しくは「内側からパンパンに膨らませて空間を安定させる力」です。

これが機能していない身体は、いわば「中身が空のアルミ缶」です。上から力がかかると簡単に潰れてしまいます。逆に腹圧が効いている身体は「未開封の炭酸缶」のように強固です。 体幹が安定していなければ、下半身で作った爆発的なパワーは、上半身に伝わる前に腰で「漏れ(エネルギーリーク)」を起こします。どれだけスクワットでパワーを蓄えても、この「蛇口」が閉まっていなければ、指先やバットに力が伝わることはありません。

▼IAPについての過去の記事 
#40【球速アップ】そのウエイト、「呼吸」で損してない?効果を最大化するIAP(腹圧)の実践バイブル

② ヒップヒンジ(股関節のヒンジ動作)

股関節を「蝶番(ヒンジ)」のように正しく折り畳む動作です。 人間が動作の中で最大のパワーを生み出すのは、お尻(大臀筋)やもも裏(ハムストリングス)といった背面の筋肉です。ヒップヒンジができない選手は、股関節を上手く使えず、代わりに「膝」を優位に使ってしまう「ニー・ドミナント(膝主導)」な動きになりがちです。

これでは、どれだけ筋トレをしても前もも(大腿四頭筋)ばかりに刺激が入り、肝心のお尻のパワーが眠ったままになります。それどころか、競技中に膝への負担が激増し、靭帯断裂やオスグッドなどの深刻なケガを招きます。股関節を使えるようになることは、「エンジンの巨大な出力をロスなくタイヤに伝えるトランスミッション」を整える作業なのです。

③ 可動性と安定性の分離(ジョイント・バイ・ジョイント・セオリー)

マイケル・ボイル氏らが提唱した理論です。人間の身体を一つの「鎖(くさり)」としてイメージしてください。鎖の輪が一つおきに「動く役割」と「支える役割」を分担することで、身体はスムーズかつ力強く機能しています。

  • 可動(モビリティ): よく動くべき関節。足首、股関節、胸椎(背中の中央)など。
  • 安定(スタビリティ): どっしりと支えるべき関節。膝、腰椎(腰)、肩甲骨など。

この鎖のルールは、下から上まで交互に並んでいます。 足首(可動) → 膝(安定) → 股関節(可動) → 腰椎(安定) → 胸椎(可動)

ここで恐ろしいのが「鎖のどこか一箇所がサボると、隣の関節がそのツケを払わされる」という事実です。 例えば、股関節(可動)が固まれば、隣接する腰(安定)が代わりに動かざるを得なくなり腰痛を引き起こします。これを代償動作と呼びます。腰が痛いからといって腰だけを診るのではなく、サボっている股関節を動かす。この役割分担を無視して重いものを持てば、身体は必ず壊れます。

④ 足趾(足の指)の機能とリミッター解除

足趾は身体の中で唯一地面と接している部分であり、脳に情報を送る「精密センサー」です。 もし足指が浮いていたり、機能が死んでいる(握れない・開けない)状態だと、脳は「土台がグラグラで危険だ!」と判断します。すると、筋肉に「それ以上パワーを出すな」というリミッターを勝手にかけてしまうのです。

どれだけスクワットで200kg挙げる筋力があっても、センサーが壊れていれば、脳はその力を100%解放させてくれません。「砂場の上で豪速球を投げられない」のと同じです。足趾の機能を呼び覚ますことは、脳のリミッターを解除し、今ある筋力を100%地面へ伝えるための「承認スイッチ」を押す作業なのです。


4. 指導者としての責任:数字から逃げない

最後に私自身の自戒を込めて。 トレーニング指導者が「より競技に近い動きを」と耳障りの良いことばかり言うのは、時に「筋力を高められないことの言い訳」になりかねません。

「筋力だけではパフォーマンスは上がらない」というのは真理ですが、だからといって「筋力を上げなくていい」理由にはなりません。

  • 立ち幅跳びの距離は伸びているか?
  • 体重を維持したまま挙上重量は増えているか?
  • スプリントのタイムは短縮されているか?

こうした客観的な数字(KPI)と向き合い、責任を持つこと。「なんとなく動きが良くなった」という主観だけに頼らず確かな身体のベースを作った上で、それを練習で「使いこなす」プロセスも大事にする。それがトレーニングの本来の役割です。


まとめ:魔法のドリルはない。あるのは「正しい積立」だけ。

今回の話を整理します。

  • 練習は「調理」、トレは「素材」 役割を明確に分けることで、パフォーマンス向上の効率は最大化します。畑(ジム)で良い素材を育て、キッチン(グラウンド)で最高に仕上げるイメージです。
  • 筋力は「余裕」を生む投資 筋力向上は短期的な「買い物」ではなく、長期的な「積立」です。そのゆとりが、技術的な選択肢を増やし、勝負どころでの「あと一歩」を支えます。
  • 機能なき筋力はリスク 腹圧、股関節のヒンジ、ジョイント・バイ・ジョイント、そして足趾のセンサー。これらの土台が機能して初めて、蓄えた筋力はパフォーマンスへと転移します。

トレーニングは決して魔法ではありません。 しかし、正しく積み上げたフィジカルは、あなたが技術を磨くための「最高の土台」になります。

「才能」という元本が人によって違うのは残酷な事実ですが、トレーニングという「投資」によって、そのリターンを最大化させることは誰にでも可能です。

私も日々、自分の身体とクライアントの数字に向き合いながら、この「終わらない問答」の精度を高めていきたいと思います。

「20歳だろうが80歳だろうが、学ぶことをやめた者は老人である。学び続ける者はいつまでも若い。」 

ヘンリー・フォード(実業家)

最後まで読んでいただきありがとうございました。


参考文献

  • Lauersen et al. (2014) The effectiveness of exercise interventions to prevent sports injuries.
  • Wulf G. (2013) Attentional focus and motor learning.
  • 野村克也『野村ノート』(小学館)

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⚾ MOTOについて(筆者プロフィール)
世田谷区でパーソナルジムSTRENGTH & STRETCH を経営しています。

トレーナー歴11年。ゴールドジム、Dr.ストレッチでの経験を活かし、
現在は自身もMAX145km/hの投手としてプレーしながら、
プロアスリートからジュニアまで幅広くサポートしています。
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