こんにちは。東京都世田谷区でパーソナルジムを運営している、パーソナルトレーナーのMOTO(モト)です。
野球、特に投手(ピッチャー)向けのパフォーマンスアップを中心に情報を発信しています。
先日、ある現役の独立リーガー選手からこんな言葉を聞きました。
「オフシーズンは瞬発力をつけたいので、軽い重さで速く動かすトレーニング』を心掛けます!」
重いものをゆっくり挙げるより、軽いものを速く挙げたほうが、実際のピッチングやスイングのスピードに繋がりそうな気がしますよね。多くの選手が抱く、この「直感的な勘違い」こそが、パフォーマンス向上の大きな壁になることがあります。
今日は多くの選手が良かれと思ってやってしまっている「瞬発力トレーニングの落とし穴」について深掘りします。
プロの視点から、「なぜ軽い重量だと逆効果になるのか」という科学的な根拠と、正しい解決策を解説します。
■ この記事の結論(30秒で理解したい方へ)
結論から言います。
瞬発力(パワー)をつけるために、通常のウエイトトレーニングで「軽い重量を速く挙げる」という行為は、「逆効果」になる場合が多いです。
【NGなやり方:なぜ軽いとダメなのか?】
通常の筋トレ(ベンチプレスなど)で、スピードを出すためにあえて重量を軽くすること。
理由は、軽いと動作の後半でブレーキをかける「減速局面」が増えてしまい、本来鍛えたい爆発的なパワー発揮能力が低下する「パワー向上のパラドックス」が起きるからです。
【OKなやり方:瞬発力(RFD)を高めるには?】
正しいアプローチは、以下の2点に分けてトレーニングすることです。
1. 最大筋力アップ: しっかり重い重量を扱って「エンジンの排気量(最大筋力)」を高める。
2. 腱のバネ強化: メディシンボール投げやジャンプなど、「放つ(離す)」動作で減速をなくし、腱のバネ(スティフネス)を鍛える。
「速く動かせば速くなる」という思い込みは、今日で卒業しましょう。
■ 「速く動かす」の罠:「減速局面」がブレーキになる
「重いものをヨイショと挙げるより、軽いものをサッと挙げたほうがパワーがつきそう」
この直感は、動作の「減速局面(ブレーキ)」の存在を見落としています。
ベンチプレスを例に考えてみましょう。
例えば、MAX100kgの人が、瞬発力をつけようとして40kgの軽いバーベルを全力で速く挙げようとしたとします。
バーベルは一気に加速しますが、腕が伸び切る前に「止めなければ」なりません。もし止めなかったら、関節を痛めるか、腕がすっぽ抜けるような事態になりかねません。
そのため、脳と筋肉は無意識にこう判断します。
「危ないから、動作の半分くらいからブレーキ(減速)をかけよう」
実際にベンチプレス中のバーベルの速度を調べた研究(※1)によると、軽い重量になればなるほど、挙上動作の中での「減速局面(ブレーキをかけている時間)」の割合が増えるとされています。
つまり、「速く動かそうとすればするほど、筋肉はブレーキをかける練習をしてしまっている」というパラドックス(逆説)が生まれるのです。これでは、ボールを加速させるためのアクセルの練習になりません。
■ 本当の瞬発力とは?「RFD」と「腱のバネ」を知る
では、野球に必要な「一瞬で爆発的な力を出す能力」を正しく鍛えるにはどうすればいいでしょうか。
ここで重要になるのがRFD(Rate of Force Development)、日本語で言う「力の立ち上がり速度」です。簡単に言うと「0から100の力を、どれだけ短い時間で出せるか」という能力です。
このRFDを高める鍵となるのが、
EMD(Electromechanical Delay:電気機械的遅延)という、脳の命令と実際の動きの「タイムラグ」です。
脳が「動け!」と命令してから、実際に筋肉・腱が反応して骨が動くまでには、わずかな遅延があります。この遅延を減らし、RFD(立ち上がり速度)を高めるためには、以下の2点が重要になります。
1. 最大筋力の向上(力のピーク自体を高くする)
2. 腱スティフネスの向上(命令をロスなく伝える)
特に2つ目の「腱スティフネス」は、アキレス腱などの「腱の硬さ(バネの強さ)」のことです。もし腱が柔らかすぎると、緩んだゴムバンドのように力が伝わるのに遅れが生じます。硬いバネのように「パンッ!」と反応できる腱の状態を作ることが、本当の瞬発力向上には不可欠なのです。
■ 【目的別】正しいトレーニングの選び方
これまでの「減速局面」と「RFD」の話を、私の提唱する「トレーニング(体力向上)」と「練習(動作改善)」の枠組みで整理します。野球選手がやるべき正解は次の3ステップです。
【Step 1】基礎体力の向上(エンジンの排気量UP)
やるべきことは、重い重量でのスクワット、デッドリフト、ベンチプレスです。
目的は「最大筋力を高める」こと。
ここで「速さ」を求めて重量を軽くしてはいけません。重いものを意図的に速く挙げようとする意識はOKですが、実際に軽すぎてスカスカなものを挙げるのはNGです。
ただし、最大筋力を維持しつつ、意図的に減速局面を減らしたいという専門的な目的がある場合は、「チェーン」や「レジスタンスバンド」を使う方法が有効です。
チェーンやバンドの役割:これらのツールを使うと、動作の開始時(ボトムポジション)は負荷が軽く、バーベルが上がるにつれて負荷が強く(重く)なるという特性があります。
これにより、動作の最終盤までバーベルに抵抗がかかり続けるため、自然なブレーキ(減速局面)が起こりにくくなり、最後まで加速しようとする意識を維持しやすくなります。
このような専門的なアプローチはありますが、まずは負荷をかけられる重い重量を扱い、筋力の土台を作ることが最優先である、という認識は変わりません。
【Step 2】瞬発力・腱の強化(エンジンの反応速度UP)
やるべきことは、プライオメトリクス(ジャンプ系)やメディシンボールスローです。
目的は「減速局面を排除し、腱のバネを高める」こと。
メディシンボールスロー: 「投げる」動作なので、最後まで加速し続けられ、ブレーキをかける癖がつきません。
プライオメトリクス (ジャンプ): 接地時間を短くすることで、アキレス腱などのバネを強化し、EMD(反応の遅れ)を減らせます。他も例えば、プレス動作ならジャンプ腕立て伏せやスミスマシンを使って上に放るのもアリです。
【Step 3】競技動作の改善(運転技術の向上)
やるべきことは、実際の投球、打撃練習、シャドーです。目的は「鍛えた筋肉とバネを、野球の動きにアジャストさせる」こと。
ここに重すぎる負荷をかけるとフォームが崩れます。重りはあくまで動きのガイドとして使う程度に留めましょう。この話の詳細は前々回の記事をお読みください。
■ まとめ
「速くなりたいから、軽くして速く動かす」という単純な思考は、実は身体の仕組みからすると遠回りになっていることが多いのです。
まずは重いもので筋力をつけてエンジンを大きくする。次に、投げる・跳ぶ動作で反応速度とバネを強化する。最後に、野球の練習で技術を磨く。
この3つの要素を混同せず、それぞれの目的に合った正しい手段を選んでいきましょう。
「良かれと思ってやっていたことが逆効果だった」という選手が一人でも減ることを願っています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
参考文献※1: A biomechanical analysis of the sticking region in the bench press / B C Elliott et al. Med Sci Sports Exerc. 1989 Aug.

自己紹介
MOTO(モト)/東京
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トレーナー歴11年ゴールドジム・Dr.ストレッチでの経験を活かし、
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