こんにちは。東京都世田谷区でパーソナルジムを運営している、パーソナルトレーナーのMOTO(モト)です。
私は普段、独立リーガーから小学生まで多くの野球選手のトレーニング指導を行っていますが、現場で修正することが最も多いポイントの一つが「呼吸」です。
「ドローインについて学生時代に習いましたが、スクワット中もやった方がいいですか?」
「腹圧ってお腹をへこませる感じですよね?」
最近はSNSでも呼吸の重要性が説かれるようになりましたが、理解と情報が断片的で、実際に高重量を扱うウエイトトレーニングや、野球のパフォーマンスにどう繋げるべきか迷っている選手が多い印象です。
特にフィジカルを強化して球速を上げたい、飛距離を伸ばしたいと考えている選手にとって、間違った呼吸法はパフォーマンスが上がらないどころか、腰椎分離症やヘルニアなどの大怪我に直結しかねません。
今回は、最新のスポーツ科学の知見をベースに、野球選手が絶対に知っておくべき「ウエイトトレーニング中の呼吸(IAP)」と、その出力を最大化するための「意識の持ち方」について、かなり深掘りして解説します。
少し長くなりますがこの記事を読み終わる頃には、呼吸とトレーニングに対する解像度が一段階上がっているはずです。
【この記事でわかること】
- ウエイト中に「お腹を凹ませる(ドローイン)」がNGな理由
- 正解の呼吸法「IAP(ブレーシング)」と球速の関係
- SNSで見る「ストロートレーニング」の本当の狙い
- 腹圧感覚をマスターする「アブローラー」の正しいやり方
1. そもそも「IAP(腹圧)」とは何か?
具体的な方法論の前に、まずは「IAP」の正体を正しく理解しましょう。
ここが曖昧だとこの後の話が全てブレてしまいます。
IAPとは Intra-Abdominal Pressure(腹腔内圧) の略で、文字通り「お腹の中の圧力」のことです。
人間の胴体(体幹部)を見てください。胸には「肋骨」という骨の鳥かごがありますが、お腹周りには「腰椎(背骨)」という一本の柱しかありません。
本来、ここはお腹の内臓が詰まっているだけの空洞です。
もしIAPがゼロの状態であれば、重いバーベルを担いだ瞬間、背骨は耐えきれずに折れるか、腰が過剰に反って潰れてしまいます。
そこで重要になるのが、お腹を「空気の入った頑丈な容器」に変える作業です。
お腹の中の空間(腹腔)は、筋肉の壁で囲まれています。
• 天井: 横隔膜(おうかくまく)
• 床: 骨盤底筋群(こつばんていきんぐん)
• 壁: 腹横筋などの腹筋群と背筋群
息を吸って横隔膜をグッと下げ、それに対抗するように周囲の筋肉で壁を作ることで、お腹の中の圧力(IAP)が高まります。
【未開封のジュースの缶をイメージ】
• 開封した空き缶: 中の圧力が抜けているため、上から手で押すと簡単にペシャっと潰れます。(=腹圧が抜けた状態)
• 中身の入った未開封の缶: 中から外に向かう圧力がパンパンにかかっているため、大人が上に乗っても潰れません。(=IAPが高い状態)
ウエイトトレーニングにおいてIAPを高めるとは、自分の胴体を「未開封の缶」にすることです。
筋肉そのものの硬さだけでなく、この「内圧」があるからこそ、私たちは何百キロもの重量を安全に扱うことができるのです。
SNSで見る「ストロートレーニング」の正体
今回のトップ画像にもあるように、最近、ソフトバンクの山川穂高選手をはじめ、多くのプロ野球選手が風船(バルーン)を膨らませたり、細いストローを咥えたりしてトレーニングしている姿を見かけませんか?
「肺活量を鍛えているのかな?」と思われがちですが、実はあれも今回のIAPと深く関係しています。
先ほどIAPを「缶」に例えましたが、缶として機能するには「天井(横隔膜)」と「床(骨盤底筋)」が平行に向き合っている必要があります。
しかし、野球選手(特に投手やパワーヒッター)は体を反る動きが多いため、肋骨がパカッと開いてしまう「リブフレア」という状態になりがちです。これだと缶のフタ(横隔膜)が開いたままなので、いくら吸っても圧力が逃げてしまいます。(自分は大丈夫と思っている選手にも意外と多いです)
そこで風船やストローの出番です。 これらを通して息を吐こうとすると、強い抵抗がかかります。その抵抗に逆らって「フゥーッ」と息を吐き切ることで、腹斜筋が強く働き、開いた肋骨を強制的に引き下げてくれます。
つまり、缶のフタ(横隔膜)を正しい位置に「カチッ」とはめ込むためのドリルなのです。あの地味な姿には、IAPが入りやすい骨格ポジションを作るという重要な狙いがあるわけです。
2. 「ドローイン」vs「ブレーシング」論争に終止符を
ここでよく議論になるのが「お腹を凹ませる(ドローイン)」のか、「お腹を固める(ブレーシング)」のかという問題です。
結論から言います。
高重量を扱うウエイトトレーニングにおいて、ドローインはNGです。
正解は、息を吸ってお腹を360度膨らませて固める「ブレーシング」一択です。
これには明確な科学的根拠があります。
ある研究(Tayashiki et al.)で、ドローインとブレーシングをした時の腹腔内圧(IAP)を比較したデータがあります。
• ドローイン(凹ませる): 約 10 mmHg
• ブレーシング(固める): 約 116 mmHg
見ての通り、桁が違います。
ブレーシングの方が10倍以上も圧力が高いのです。
物理的に考えても細くくびれた棒(ドローイン)よりも、太くて内圧の高い柱(ブレーシング)の方が上からの圧縮力に強いのは明白です。
腰を守り、強度の高いトレーニングを行うなら、迷わず「ブレーシング」を習得してください。
※もちろん、リハビリの初期段階などでドローインが用いられることはありますが、「パフォーマンスアップのためのウエイトトレーニング」とは目的が異なります。
3. 腹圧を高めると「お尻」が強くなる理由
「腹圧=腰を守る」というのはイメージしやすいと思います。
しかし、野球選手にとってさらに大事な事実は、「腹圧は、下半身のパワー発揮に直結する」ということです。
実は、「息を吸って腹圧を高めた状態(吸気時)」の方が、股関節を伸展させる(お尻を使う)力が強くなるという研究報告があります。
なぜ、お腹を膨らませるとお尻が強くなるのか?
これには「胸腰筋膜(きょうようきんまく)」という、背中にある大きな膜が関係しています。
1. ブレーシングでお腹を膨らませると、腹筋群が引き伸ばされます。
2. すると、腹筋群と連結している背中の「胸腰筋膜」がパンと強く張ります(テントを張るようなイメージ)。
3. この胸腰筋膜は大殿筋(お尻の筋肉)にも付着しています。
4. 膜の張力がサポートとなり、大殿筋がより強力に収縮できるようになります。
【野球の動作に置き換えると?】
• ピッチャー: 並進運動でプレートを強く押す力
• バッター: 軸足で地面を捉えて回転につなげる力
これらは全て「股関節の伸展パワー」が鍵です。
私がトレーニングにおいてクリーン、デッドリフト、スクワットを重視する理由でもあります。
つまり、正しい呼吸でIAPを高めることは、単なる怪我予防ではなく、球速アップや飛距離アップのための技術そのものなのです。
4. 脳をバグらせない「外的意識」の活用法
理論の説明はここまでです。
では、実際にどうやってその「ブレーシング」を行うかの話をします。
ここで重要になるのが、以前の記事でも解説した「運動学習(Motor Learning)」の視点です。
真面目な選手ほど、「横隔膜を下げて…」「腹横筋を収縮させて…」と体の内部(筋肉)を意識しようとします。これを「内的意識(Internal Focus)」と呼びますが、実はこれ、逆効果になることが多いです。
複雑な連動が必要な動作において、特定の筋肉を意識しすぎると、脳の処理が追いつかず動きがぎこちなくなります。
代わりに使うべきなのが、体の外やイメージに意識を向ける「外的意識(External Focus)」です。
▼「過去記事」運動学習についての記事はこちら
#39【野球の技術論】フォーム修正には「5000回」が必要?科学的に正しい動作習得と「コツ」の掴み方
【推奨する具体的な呼吸のキューイング】
スクワットでバーを担ぎ、しゃがむ直前に以下のイメージで息を吸ってください。
• × 内的意識: 「お腹の筋肉に力を入れる」
• ◎ 外的意識: 「お腹の中にある風船を全方向に膨らませる」
• ◎ 外的意識: 「巻いているトレーニングベルトを、内側から弾き飛ばして割る」
「ベルトを割る!」という結果(イメージ)に集中することで、脳は勝手に必要な筋肉(横隔膜、腹横筋、骨盤底筋など)を総動員してくれます。これが人間が本来持っている能力を引き出すコツです。
5. IAPの感覚を養う『アブローラー』の使い方
「頭では分かるけど、どうしても腰が反ってしまう」
「高い腹圧をキープしたまま動く感覚が掴めない」
そんな選手に、私が「IAP習得ドリル」として強くおすすめするのがアブローラー(腹筋ローラー)です。
「え、腹筋を割るやつでしょ?」と思うかもしれませんが、
トレーナーの視点で見るとこれは「アンチエクステンション(抗伸展)」のエクササイズです。
要するに、伸ばす刺激(エキセントリック)な刺激を入れつつ耐える種目です。
アブローラーで体を前に転がしていく時、重力によって体は「くの字(腰が反る方向)」に曲げられそうになります。
これに耐えて、背骨を真っ直ぐ保つためには、腹筋を縮めるのではなく、「引き伸ばされながらも、高い腹圧で耐え続ける」という高度な制御が必要になります。
この「負荷がかかった状態で、腹圧で背骨を守り続ける」という状況は、まさにスクワットやデッドリフト、そして投球時のリリース局面と同じです。
野球選手に伝えたいアブローラーのポイント
1. 膝コロで十分: 立ちコロ(立った状態)は負荷が高すぎて、多くの人はIAPが抜けて腰だけで支えてしまい、怪我の原因になります。見栄を張らず、まずは膝をついた状態でフォームを固めるだけで十分効果があります。
2. 「戻れる距離」で止める: 顎や胸が床につくまで行く必要はありません。「お腹の風船(IAP)」が潰れず、腰が反らないギリギリの範囲で行き来してください。 「お腹が引き伸ばされる刺激を感じつつ、それに負けないように耐える」という感覚を常にキープしましょう。
3. 手とお尻を同時に動かす: お尻が残ったまま手だけ動かすと、ただの肩の運動になってしまいます。股関節と肩関節が同時に開いていくように意識しましょう。 また、戻る時にお尻から先に引いてしまうと、肝心の体幹への負荷が抜けてしまいます。「伸ばされたバネが元に戻る」ように、体幹部主導で高く戻るのがコツです。
これを単なる「腹筋運動」としてではなく、「BIG3(スクワット・デッドリフト等)の基礎となる呼吸練習」と捉えて、アップや補助種目に取り入れてみてください。 目安は週に2〜3回、10〜20回 × 2〜3セットから始めてみましょう。
6. まとめ
今回の内容をまとめます。
1. 凹ませるな、固めろ: ウエイト中はドローインではなく「ブレーシング」。強度が10倍違います。
2. 出力アップ: IAPを高めることで、筋膜の連結により「お尻(大殿筋)」の出力が最大化されます。
3. イメージが大事: 「筋肉」ではなく「ベルトを割る」「風船を膨らます」イメージで行う(外的意識)。
4. アブローラーの活用: 腹圧を入れたまま動く感覚(抗伸展)を養うには、アブローラーが最適。
「たかが呼吸」と思うかもしれません。
しかし、呼吸ひとつ変えるだけで、扱える重量が5kg、10kgと伸びたり、マウンドでの力の伝わり方が変わったりする可能性があります。正しい知識と地味な反復練習(数千回!)で、本物のフィジカルを手に入れましょう。
参考文献
• Tayashiki, K, et al. (2021). Does Intra-abdominal Pressure Have a Causal Effect on Muscle Strength of Hip and Knee Joints?
• Tayashiki, K, et al. (in press). Intra-abdominal Pressure and Trunk Muscular Activities during Abdominal Bracing and Hollowing.
• Wulf G. (2013). Attentional focus and motor learning.
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⚾ MOTOについて(筆者プロフィール)
世田谷区でパーソナルジムSTRENGTH & STRETCH を経営しています。
トレーナー歴11年。ゴールドジム、Dr.ストレッチでの経験を活かし、
現在は自身もMAX145km/hの投手としてプレーしながら、
プロアスリートからジュニアまで幅広くサポートしています。
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